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ゆらぎスタイル代表 岡山栄子

岡山栄子のストーリー(動画編)

岡山栄子のストーリー

アロマとの出会い

会計事務所で7年間の事務職を勤め、27歳の誕生日に、保険会社勤務の12歳上の主人と結婚、29歳で出産。「お気楽主婦」と笑われる程、娘の成長を楽しみながら平凡に暮らしていました。

長女が生後7ヶ月の頃、夫が自宅で突然倒れたのです。
生まれて初めて乗った救急車・・・検査結果は「脳腫瘍」大きな腫瘍があり手術をしたが摘出できず、余命3~5年と医師からの宣告。

抗がん治療の入院をする夫に付き添う為に病室に入ると、
そこには幼い数名の子供が過酷な治療に絶えながら病気と闘っている姿に衝撃を受けました。

「こんな小さな子供が脳腫瘍だなんて!!少しでも楽になれる方法はないものか・・・」

暗中模索する中、本屋に並ぶ一冊の「アロマテラピー(芳香療法)」の書籍を手にとったのが自然療法との出会いでした。

晴天の霹靂で生活環境が一変し、高額医療費を含め子供を養っていく生活費の為に専業主婦だった私は一念発起して、エステ機材と化粧品を美容院・エステサロンに訪問販売する仕事に就くことにしました。
エステサロンのお客様に間近に接するにつれ、植物や自然の持つパワーを改めて実感し、仕事・看病・子育ての合間の僅かな時間も惜しんで、リフレクソロジー(反射学)やフィトセラピー(フランスから継承される植物療法)を必死で学びました。

介護を尽くす間もなく、幼い娘を残して夫は他界・・・

病気予防へ体の再生を

人の身体の事や病気に対してもっと知識があれば、夫の病も未然に防げたのでは?という悔いが残り、娘を一人で育てて行かなければならない現実と、この後悔の念が、

「病気になる前に適切なケアをして健康を維持できるサポートがしたい。」

という使命感に変わっていったのです。

岡山栄子31歳、ワンルームマンションの一室で、「英国式足裏リフレクソルジー」サロンを開業。
「元気な姿に再生する」そんな思いを込めて「リ・メイク」と名づけ、屋号にしたのです。

平成16年阪急電車:曽根駅の近くに移転。「英国式足裏リフレクソルジー」からリンパドレナージュや美容整体も導入して「ビューティー&リラックスre・make」がリニューアルオープン。働く女性の美と健康をサポートするトータルケアを提供するサロンになりました。

もっと社会に貢献できることをしたい!
その第一歩として、平成17年3月に有限会社re・makeを設立することに!!

設立当時はリンパドレナージュ・フィトセラピーという言葉が世間に浸透しておらず、馴染みのないサービスを提供する事業としてスタートしたが、徐々に周囲に認知され売上も順調に伸びていったのですが、創業から4年が経過しリラクゼーションサロンの経営が軌道にのった頃から、美を追求するエステといったい何が違うのか…と自問自答するようになりました。

私はこれが本当に自分が求める姿なのかと確信が持てなくなっていったのです。

依存する癒しからセルフケアへ

「私が施術したお客様は美しく元気になって帰って行かれるが、目の前のお客様を満足させるだけでいいのか」と思い始めました。
自分だけが美しく健康であればいいと言うのは、何か違う気がしてならなかったのです。

セラピストとしての自分に対して限界を感じていた。

「一人でも多くのの方が、表面的に美しくなるだけではなく、心と体が健康的に癒されること」が創業の原点であり、当社の目標でした。
しかし、私やスタッフのケア(手当)は、サロンを利用されるお客様にしか提供できない。
本当にケアが必要なのは、夫や子供かも知れないのに…この限界は、サロンを増やすだけでは解決できない。

どうすれば良いのか…

美容や健康に関する情報は、マスコミ・書籍・インターネット上に氾濫しており、提供されているサービスもエステ・リラクゼーション・整体など多様である。
玉石混合と言われる業界において、お客様との長期的な信頼関係を構築するには、幅広く深い専門知識とクオリティの高い技術力が不可欠である。

私自身は、創業前も創業後も、休日はほとんど講習に通うなどして、習得に努めた。
寸暇を惜しんで技術専門知識の不足を補えたのは、創業時の使命感に支えられているからだと思います。

問題は、サロンを私ひとりで運営できるわけではないということである。

今日の各サロンでは「癒し」の第1段階のリラクゼーション、つまり「癒される」を目的としたサービス(マッサージを主にしたタッチケア)が一般的ですが、ゆらぎスタイルでは癒しの第2段階である「気づき」、さらに「癒し」を目的としてセルフケアのアドバイスを提供しながら、その時の状態に適切なケアを複合的に提供していくため、お客様の状態をホリスティック(全体的)に観察し、健康サポートが提供できるスタッフを、時間と資金に余裕が無い中でどのように育てていくかが、創業当時からの課題でした。

当社で働きたいという方を、私がマンツーマンで指導・育成しスタッフとして採用してきましたが、時間をかけて育成し、お客様からも評価の高いスタッフに育っても、結婚・出産・夫の転勤などで継続できない方も多々。
また、専門知識と技術力を客観的に評価できる基準がなく、私が特定のスタッフを優遇しているのではないかという陰口も聞こえてきたりした事もありました。

このように創業時から人材の確保には苦労は絶えない状況でした。

事業の軌道修正

こうした中、ビジネスモデルをブラッシュアップする目的で、中小企業診断士に相談しながら経営革新計画を立案することにしました。それは、

「私の知識や技術をもっと多くの人に教えて、その人達が家族や大切な周囲の人にセルフケアのサポートを出来るようになれば、もっと多くの人の健康サポートに役立つのではないか」

という事であります。

資格ビジネスの教育ではなく、地域に密着して、日々の生活・介護や社会福祉で実践する健康サポートの活動がしたい。では、これを担ってくださる人を、なんて呼べばいいか。そこで、自然界のリズムには「f分の1のゆらぎ」が偏在することから、「できるだけ自然のリズムで暮らそう」というイメージを込めて、

「yuragist~ゆらぎすと~」

とネーミングする事にしました。テーマは

「yuragistによる心身の健康増進サポートの活動事業」

その中でひとつの方向性を見出すことが出来ました。
「病気になる前に適切なセルフケアをサポートして健康を維持できるようなサービスがしたい。」という使命感が、ビジネスモデルの変革と共に、

「植物の力を活用し、自然のリズムに合わせて心豊か暮らしを提案するゆらぎスタイル」

という経営理念へと、時間はかかりましたが提唱することができました。

有償ボランティアの活動

平成21年に経営革新計画が大阪府から承認され、「yuragistによる心身の健康増進サポートの活動事業」に基づき教育事業を立ち上げ、「yuragist」の育成を開始しました。
受講後のyuragist達は、自己研鑽と社会貢献を目的に、地域のイベントや各種施設への出張など、さまざまなで場所で有償ボランティアとして活躍しています。

これが経営理念の実践である「yuragistによる心身の健康増進サポートの活動事業」です。

地元に恩返し

平成17年、施術ベッド2台を置いて、リンパドレナージュとフェイシャルの技術とオーガニック化粧品・健康食品・アロマオイルの販売という事業で創業したのが、現「ゆらぎre・make曽根店」です。

平成22年に小学校時代から育った箕面市に恩返しの意味を込めて、現在本店のある場所に自社ビルを取得し、「ゆらぎスタジオ箕面店」と「ゆらぎスタイルショップ箕面店」を開設。
五感ストレスケア・食育の勉強会・セルフケア講座・ベビーマッサージ・未病を防ぐケア・介護タッチケアなど、生活の質の向上に必要な情報を提供しています。
当初の「病気になる前に適切なケアをして健康を維持できるサポートがしたい」という思いが、今は「地域に1人、一家にひとりのyuragistを目指して、ゆらぎスタイルの普及をはかる」という事業へと発展することで、社会性・公共性の拡大を実現できたと感じています。

苦い経験が商品開発への第一歩

販売している商品は、オーガニック化粧品・自然食品は国内メーカーから仕入れ、アロマオイルは海外から輸入して販売しています。
いわゆる小売業です。

いつか目の届くところで育っている無農薬の植物から天然アロマオイルを蒸留してみたい、というのが私の夢でした。
創業の翌年、当社で取り扱っていたダイエット食品に、法律で禁止されている原料が含まれていることがニュースとなり、
返品・返金対応だけに留まらず、サロンの信用が傷つき、売上が減少する苦い経験をしました。
これがきっかけで、「いつかウソのないもの、胸を張って勧められるものをお客様に
販売できるオリジナル商品を作る」という目標が芽生えたのです

漫画編 箕面商工会議所「もみじの街の経営者物語5」

箕面商工会議所の「もみじの街の経営者物語5」で、弊社の「サービス業からモノ作りの事例」が漫画で紹介されました。

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